ここでは、染色の道に入って30年、貝紫染を始めて8年間の経験をお話したいと思います。職人の独り言と思って読んでください。

《貝について》
最初の頃は、伊勢志摩の海へ行ってイボニシ貝を採り、金槌で割って還元法にチャレンジしていました。何せ小さい貝ですのでパープル腺も小さく、ある程度の糸の量(100g以上)を染めるには、途方もなく多量の貝が必要なことがわかり、イボニシ貝での染色は諦めました。
アカニシ貝のパープル腺は大きく、煙草のフィルターぐらいあるのもざらです。また、アワビやサザエなどのように禁漁期間もありませんので、年中手に入れることができ、貝紫染にはうってつけです。ただ、この貝は、イボニシ貝みたいに人が浜辺やテトラポットへ行って簡単には採ることができませんので、友達に瀬戸内の鮮魚店を紹介してもらい採取をお願いしています。年中手に入れられるといいましたが、集中豪雨や台風によって濁流が海へ流れ込み、塩分濃度が下がったときなど、採れない期間がしばらく続くこともあります。
アカニシ貝といっても、貝殻が黒っぽいのやら白っぽいのやら、見た目は色々ですし、フジツボが多数付着している貝は、栄養が吸収されるのか貝殻が脆く身も汚いので注意が必要です。
イボニシ貝で、パープル腺を取り出し、直接、布や糸に塗りつけて太陽にあてて貝紫染(直接法)をやるときの貝は、新鮮なほど発色はいい様です。

《染色技法について》

直接法
晴天の日を選び、貝は採りたての新鮮なものを使うのがベスト 色がいい
冷凍の貝を使ったとき、やや濁った紫になりました。曇りの日に行うと、ねずみ色かブルーで止まってしまい紫にならない。一番の問題は臭い。これは魚介類の腐敗した様な強い悪臭です。徐々に染色後なくなっていきますが、臭いがなくなっていくのに何ヶ月という時間が必要です。糸や布に均一に塗ることは難しく、厚く塗ったところは、日光の照射が内部まで届かず、表面だけ紫で内部は黄色ということがあります。直説法は、商業的には(均一な染色が難しいし、悪臭が残る)難題が山積!!

還元法
私が染色依頼を受けて、いつも行っているやり方です。
一度に大体30kgの貝を割りますが、個体によってパープル腺の色や形が違います。乳白色・黄色・暗い緑色・貝殻の中でパープル腺が出てしまい酸化してすでに紫色になっているもの。ほんと外からは内部のことはわかりません。30kgのアカニシ貝から取り出したパープル線をすりつぶしたら、季節を問わず同じ色です(黄色)。私の経験では、冬場のほうが若干、パープル腺の量は多いように思われます。
採り貯めたパープル腺を苛性ソーダの入った熱湯で溶解し、不純物を取り除くため茶こしなどでこしてから、ハイドロを入れて建てます。そのとき、紫色の染液が黄緑色に変化します。染色温度は、55℃~60℃で充分です。
仮に同じ量の糸を、3回に分けて染色するとしましょう。1回目の糸は濃度があって赤みの効いた紫色になり、2回目、3回目と行うと少しずつ濃度が落ち色相は徐々に青みの効いた紫になっていきます。
1回目の染色のときにインジゴルビン(赤紫)を吸収してしまい、2回目、3回目の時には残ったインジゴの影響が多分に出て、青みの強い紫になっていくと思われる。